2006年7月23日 大きな信仰の人 ダニエル3:13-27
 신복규    | 2006·07·22 19:22 | HIT : 5,902 | VOTE : 506 |
多くの人が神様を信じていて信仰の本質は同じです。しかし、信仰の本質が同じだと言ってもその信仰の分量まで同じではないです。この世の中には多くの人々が生きています。しかし、人ごとに特色がありますが、私たちの信仰も同じです。子供のような幼い信仰者もいますし、成長した信仰者もいます。私たちは、成長した信仰者、大きな信仰の人になりたいです。では、どのようにすれば大きな信仰者となるのでしょうか。

今日のテキストの背景を見ると、バビロンの王ネブカデネザルはエルサレムにきて、これを 攻め圍んだ。王はイスラエルの人々の中から、王の血統の者と、貴族たる者數人とを、 連れて來るように命じた。すなわち身に傷がなく、容姿が美しく、すべての知惠にさとく、 知識があって、思慮深く、王の宮に仕えるに足る若者を連れてこさせ、これにカルデヤ びとの文學と言語とを學ばせようとした。彼らのうちに、ユダの部族のダニエル、シャデラク、メシャク 、アベデネゴがいました。

彼らは、王の飮む酒とをもって、自分を 汚すまいと、心に思い定めたので、自分を汚させることのないように、宦官の長に求めた。

彼らは、信仰の関門だと言える王からの珍味の飲食を偶像の物だという理由一つで食べないで信仰を守ったのです。食べたい誘惑を退け、信仰を守ることで神様は彼らに知恵と聡明を加えてくださったのです。しかし、サタンは神の子供たちが信仰を守るのを妨害し、神さまから離れるよう誘惑しています。今日のテキストにもネブカデネザル王は、一つの金の像を造った.その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトで,彼はこれをバビロン州のドラの平野に立てた.

ネブカデネザル王は、もろもろの樂器の音を聞く時は、ひれ伏してネブカデネザル王の 立てた金の像を拜まなければならない。だれでもひれ伏して拜まない者は、ただちに火の燃える爐の中に投げ込まれると命じたのです。しかし、ダニエルの3人の友たちは拝まなかったのです。8その時、あるカルデヤびとらが進みきて、ユダヤ人をあしざまに訴えました。

13そこでネブカデネザルは 怒りかつ憤って,シャデラク ,メシャクおよびアベデネゴを 連れてこいと命じたので、この人々を王の前に連れてきて、シャデラク 、メシャク 、アベデネゴよ、あなたがたがわが神々に仕えず、またわたしの立てた金の像を拜まないとは、ほんとうなのか。ネブカデネザルは彼らに言ったのです。

16あなたがたがもし、もろもろの樂器の音を聞くときにひれ伏して、わたしが立てた像を、 ただちに拜むならば、それでよろしい。しかし、拜むことをしないならば、ただちに火の燃える爐の中に投げ込まれる。いったい、どの神が、わたしの手からあなたがたを救うことができようか。と言って彼らにチャンスを与えます。しかし、3人の友たちは言います。「ネブカデネザルよ、この事について、お答えする必要はありません。17もしそんなことになば、 わたしたちの仕えている神は、その火の燃える爐から、わたしたちを救い出すことができます。また王よ、あなたの手から,わたしたちを救い出されます。18たといそうでなくても、 王よ、ご承知ください。わたしたちはあなたの神¿に仕えず、またあなたの立てた金の像を 拜みません。と答えたのです。19そこでネブカデネザルは怒りに滿ち、シャデラク 、メシャクおよびアベデネゴにむかって、顔色を變え、爐を平常よりも七倍熱くせよと命じた。
またその軍勢の中の力の强い人々を呼んで、シャデラク、メシャクおよびアベデネゴを縛って、彼らを火の燃える爐の中に投げ込めと命じたのです。

王の命令が厳しかったので、三人の青年を火の中に投げこんだ人々が火に燃えて燒き 殺されたのです。シャデラク、メシャク、アベデネゴの三人は縛られたままで、火の燃える 爐の中に落ち込んだのですが、その時,ネブカデネザル王は驚いて急ぎ立ちあがり、大臣たちに「われわれはあの 三人を縛って、火の中に投げ入れたではないか。言った。彼らは王に、王よ、そのとおりです。答えて言った。王はしかし,わたしの見るのに四人の 者がなわめなしに、火の中を步いているが、なんの害をも受けていない。その第四の者の 樣子は神の子のようだ。答えて言ったのです。

そこでネブカデネザルは、その火の燃える爐の入口に近寄って、いと高きのしもべシャデラク、メシャク、アベデネゴよ、出てきなさいと言ったので、シャデラク、メシャク、アベデネゴはその火の中から出てきた。總督、長官、知事および王の大臣たちも集まってき、この 人¿を見たが、火は彼らの身にはなんの力もなく、その頭の毛は燒けず、その外套はそこなわれず、火のにおいもこれに付かなかった。

高慢と頑固だったネブカデネザルは、28節で「シャデラク、メシャク、アベデネゴの神はほむべきかな。神はその使者をつかわして、自分に寄り賴むしもべらを救った。また彼らは 自分の神以外の神に仕え、拜むよりも、むしろ王の命令を無視し、自分の身をも捨てようとしたのだ。と神さまをほめたたえました。彼らの信仰を見て私たちも見習いましょう。

1.神様だけに仕える信仰者だったのです。
イエスさまはひとりが二人の主人に仕えることができないと言いました。私たちが世に頼って神様に仕えることができないです。三人の青年はただ神様に仕えることに決心して実践したのです。彼らはいくらでも身の安全のためにネブカデネザルの金の像を拝んで、神さまに仕えることができたかもしれません。しかし、そのような信仰は、正しい信仰ではないことを彼らは悟ったのです。

神様だけがまことの神であり、神様だけが私たちの礼拝を受け取る方であるから、人が作った偶像を拝むことができないと確かにしたのです。私たちが神さまに仕えることは何を意味するのでしょうか。それは、神さまに私たちを捧げることです。ローマ12:1-2に、兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勸める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき靈的な禮拜である。12 あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。と書かれています。

罪が満ちているこの世の中に生きていて神様だけ仕えて行くことはやさしい事ではないです。しかし、私たちは神様だけに仕えていかなければなりません。ある人々は言います。どんな宗教でも持っていれば良いのではないか。何故、イエスさまだけを断わるか。しかし、使徒4:12に、この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも與えられていないからである。と言っています。
私たちの救いは、神様が送ったイエス・キリスト、私たちの罪の代わりに十字架にかかって血潮を流してくださったイエスさまだけです。死んで葬られ、三日目に復活したイエス・キリストを信じる信仰によって救われるのを信じてください。

皆さんの信仰を確かにしてください。どんな人の前においても、どんな環境においても、私は神さまに仕える者だと告白できる信仰者になりましょう。私たちの身分をはっきり言える信仰者になりましょう。シャデラク、メシャク、アベデネゴは王の前で、自分たちは神さまに仕えるものだから王の立てた像を拝むことができないと言いました。私たちも神さまを信じる信仰者であることをはっきり示すべきであります。イエスさまを信じると言って自分に損があってもです。
2.大きい信仰とは神様の力を信じる信仰です。
15あなたがたがもし、もろもろの樂器の音を聞くときにひれ伏して、わたしが立てた像を、 ただちに拜むならば、それでよろしい。しかし、拜むことをしないならば、ただちに火の燃える爐の中に投げ込まれる。いったい、どの神が、わたしの手からあなたがたを救うことができようか。と言ってる王に彼らは何と言いますか。16「ネブカデネザルよ、この事について、お答えする必要はありません。17もしそんなことになば、 わたしたちの仕えている神は、その火の燃える爐から、わたしたちを救い出すことができます。また王よ、あなたの手から,わたしたちを救い出されます。と全知全能なる神さまの力を信じたのです。生きることも、死ぬことも神さまの御手の中にあることを信じたのです。

三人の青年たちが王に返事することばは、まことに愚かで無謀に見えたかも知れません。しかし、彼らは神様の力を信じました。私たちの前にどんな難しい問題がやって来ても、言どんな信仰の脅威がやって来ても、神様の力を信じてください。神様には不可能のことがないです。自分を信じて頼りながら生きて行く聖徒を決して捨てないという神さまの約束を信じてください。
3.三人の青年の信仰が大きい信仰だと言えることは、神様の御心に従順する信仰だったのです。彼らは、その火の燃える爐から、また王の手から,救い出されることを信じました。18たといそうでなくても、またあなたの立てた金の像を拜みません。と答えたのです。

これらは神様の御心であれば私たちは殉教します。という意味の信仰です。自分の思いを神さまの御心に従順する信仰であります。人々はいつも自分ことだけを神さまに祈る時が多いです。私たちは神様を仰ぎ見て願いと望みを持って生きて行かなければなりません。しかし、確かなことは、たといそうでなくても、神様を信頼し、信じ、頼らなければなりません。たといそうでなくても私に損害が与えられても信仰を守らなければなりません。

私たちに訪れてくる問題は避ければ避けるほどもっと不幸になります。しかし、神様のため、信仰を守るために私たちの命を惜しまない時、奇蹟が起こります。

4.大きい信仰を持った者の結果
28節に、ネブカデネザルは,その火の燃える爐の入口に近寄って、いと高き神のしもべ シャデラク 、メシャク、アベデネゴよ、出てきなさいと言ったので、シャデラク、メシャク、アベデネゴ はその火の中から出てきた。

火の中にいても神様が供てくださったのです。神様が共にしてくださればどんなところでも安全です。イザヤ43:1-2に、ヤコブよ、あなたを創造された主はこう言われる。イスラエルよ。あなたを造られた主はいまこう言われる、恐れるな、わたしはあなたをあがなった。 わたしはあなたの名を 呼んだ、あなたはわたしのものだ。あなたが水の中を過ぎるとき、 わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、燒かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。と約束してくださったみことばを三人の青年たちは体験したのです。

そして、異邦の王の口から神さまを褒め称えたのです。

愛する皆さん!
シャデラク、メシャク、アベデネゴの信仰、こような信仰を持って生きていきましょう。イエスさまもあなたの信仰通りになれとおっしゃいました。大きな信仰が祝福を受けます。
동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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