2006年12月24日 "その名イエス・キリスト" マタイ1:18-25
 신복규    | 2006·12·23 16:26 | HIT : 6,520 | VOTE : 558 |
毎年クリスマスを迎える度に感じることは、クリスマスがイエスさまを信じるクリスチャンより、イエスさまを信じない人々がもっと楽しんで、騒いでることです。市内に行ってみると、クリスマス・ツリーやイルミネイションを作って派手に光をきらめいているのを見ることができます。

先週木曜日の夕方、ニュース時間に京都地方のある住宅街にイルミネイションを見物するため週末の一日に3,000人ほどがその所を訪問するんだそうです。そして、ボランティアで交通を整理する人までいると言いました。一家は約100万円をかけて飾ったと自慢し、もう一軒の家は、120万円をかけて派手に飾りをし、通り過ぎる人々の足を止めています。電気が不足で冷蔵庫が止まったと言いました。

それだけではなく、小さな商店街は商売ができなく、デパートなどは、商売繁盛で悲鳴をあげています。これが果して正しいクリスマスの姿であるか考えると心配です。 

結婚式に新郎新婦が主人公です。祝う客が決して主人公になってはいけないです。おなじく、クリスマスにイエス・キリストがいないクリスマスは意味がないです。

クリスマスは Christ(キリスト)と Mas(礼拜する)を会わせ、キリストに礼拜するという意味です。ところで今日のクリスマスはクリスマスツリーはあるが、キリストはないです。キリストを信じない人々はキリストが分からなくてそうしても、クリスチャンがキリストはなくしてツリーだけあるクリスマスは絶対あってはならないことです。

キリストがどのように誕生して、キリストの誕生は私たちに何を意味するかを分かって、まことに意味深いクリスマス、嬉しくて楽しいクリスマスを迎えなければなりません。今日はクリスマスです。クリスマスの主人公はまさにイエス様です。

いくらクリスマスを派手にするために100万円以上のお金をかけてイルミネイションが輝いていても、イエス様がいないで、イエス様が喜ばない宴会ならすべてが無駄です。今日のテキストはイエス様の誕生について紹介しています。イエス様の誕生は3つの特徴があります.

第一。生まれる以前に誕生が予告されたのです。
イエス様の誕生は急に起こった事件ではないです。創世記3章15節から女の子孫からメシヤが来られることを予言したのです。

 そして、イエスさまが来られる700年の前に予言者たちを通じて300回以上メシヤが来て、この世を救い、統治することを予言したのです。 

イエス様の誕生は作り話や神話ではないです。数千年の前から多くの予言者たちによって予告された歴史的で実在的な事件です。 

二番目。イエス様の誕生は普通の人の生まれとは違う聖霊によってみごもったのです。
これは神様の神秘です.したがって、これを悟ることができなかったヨセフは同居する前に懐任したことで縁を切ろうとしました。同居する前の懐妊は当時の状況でありえない事です。婚約する女が妊娠したことは死を意味します。義の人だったヨセフは悩まざるを得なかったです。ヨセフが悩んでいる時、主の使いが夢に現われて、20節に、ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖靈によるのです。と言ったのです。

聖霊によってみごもったということは、マリヤは罪がないことを意味します。

アダムの子孫はすべて罪の中で生まれます。これを私たちは原罪と言います。神様との約束を破って罪が遺伝されたからです。

もし、ヨセフとマリヤが性的な関係を持ってイエス様が生まれたら、その方は私たちの罪を許すことができないです。何故なら、罪を持って生まれた人が罪を赦すことができないからです。したがって、神様はマリヤの身を借りて聖霊によってイエスさまが生まれるようになさったのです。
 
この事実はイエスさまが来られる700年の前に預言者イザヤを通じて予告された約束の成就でした。イザヤ7:14に、見よ。處女がみごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと名づける。

今日のテキスト23節は、このお話をそのまま記録しています.
見よ。處女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(譯すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。 これは旧約の予言の成就と同時に人類を救うための神様の驚くべきな計画であり、作品だったのです。

もし皆さんの中に、イエス様が聖霊によってみごもったことが信じられない方がいらっしゃいますか。それは理性的に考えると納得できないかも知れません。先週も話しましたが、私たち人間の頭から考えるとできないことがあっても、神さまは全知全能なる方であることを私たちが知らなければなりません。

私たちは毎週、使徒信条を持って信仰告白をしますが、主は聖霊によりやどり、おとめマリヤより生まれ、と告白しています。私たちがこれを素直に受け入れ、聖霊によって生まれたイエス・キリストを自分の救い主として告白できる祝福を受けましょう。 
 
三番目。イエス様は生まれる前から名前がつけられていました。
名前にはその人の人格と名前の意味が込められています。特別にユダヤ人たちにおいて名前はすごく重要な役目をしました。聖書を見ると、アブラハムの元の名前はアブラムです。それは ”尊いお父さん” という意味です。しかし、神様は彼を呼んで祝福なさった後に彼の名前を ”アブラハム”多くの國民の父”に変えてくださいました。

彼の妻もあなたの妻サライのことだが、その名をサライと呼んではならない。その名はサラとなるからだ。わたしは彼女を祝福しよう。確かに、彼女によって、あなたにひとりの男の子を與えよう。 わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となると言っています。
 
日本もそうですが、韓国も昔から名前を大切にし、名前をつけてくれる名づけ所があります。皆さんが持っている名前に対して責任を負わなければならないです。自分が願っても願わなくても両親たちが名前をつけてくださいました.その名前に対して誇りを持ってください。
 
今日テキストには、聖霊によって生まれる方の名前を二つで表現しています。21節にはマリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。そして23節ではその名はインマヌエルと呼ばれる。(譯すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。

イエス様を信じる私たちが必ず憶えなければならないことはイエス様の名前の意味を正確に理解して、告白しなければならないことです。イエスの意味は、ご自分の民をその罪から救ってくださるです。
 
神様はイエスさまが生まれる前に名前をつけて、メシヤとして来られるイエスさまの働きの目的を教えたのです。イエスさまは罪の中にいるすべての人々を救い出すために来られたメシヤです。
 
私たちはこの世でイエスさまと出会う前には、不順従した者として、自分の利己心の奴隷として生きてきました。しかし、ある日イエス様が私たちを訪れて来て、傷だらけの心を癒してくださり、 回復させてくださいました。永遠の生命を贈り物として与えてくださいました。

ヨハネ1:12節、しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特權をお與えになった。私たちがイエスさまを信じるように知恵を与えてくださったことを感謝し、これからもイエスさまに頼って生きていきましょう。
  
もうひとつのイエスさま様の名前は23節に、インマヌエルと呼ばれる。譯すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。

人間は相手をいくら愛しても続いて共にいることができないです。時間と空間の制約をされます。必ず死ななければならないです。いくら仲良しの友達や家族、夫婦でも別れるときがきます。 
人間の必要によって作られた関係は必要が消える瞬間、私たちのそばを離れます。

しかし、神様は私たちといつも一緒にいることを願います。それで、天から私たちのところに来られたのです。イエスさまは私たちと共におられることを望んでご自分のすべてを捨ててこの世に来られるのがクリスマスです。また、十字架の上でご自分を捨て死んでくださったのです。わたしたちの罪を赦して、いつまでも私たちと共にいることのためです。
マタイ28:20節に、見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。これがインマヌエルのイエスさまです。十字架にかかって死んで、三日目によみがえり、約40日の間、この世の人々に現れ、天に昇天するする時、私たちに残した約束です。
 
今も、私のそばにインマヌエルなさるイエスさま、その名のイエスさまがこの世に来られるクリスマスを喜び、その名インマヌエルの力を体験する聖なるクリスマスになることを主の御名によって祈ります。

동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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