2007年1月14日 私たちがみな証人です。使徒の働き2:14-36
 신복규    | 2007·01·13 21:37 | HIT : 6,635 | VOTE : 536 |
世の中で一番怖い人は、どんな人だと思いますか。死ぬ覚悟で戦おうとする人でしょう。彼らは、人間が怖がっている死も怖がらないからです。

今日のテキストを見ると、彼らも死を恐れないで、イエス・キリストの福音のため人生を捧げようとする弟子たちの姿を見ることができます。彼らは、イエスさまが復活後、昇天なさるとき命じた、
聖靈があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの證人となります。と言う宣教命令に従って、一緒に集まって祈りを捧げるとき、約束の通り聖霊が降って、彼らは聖霊に満たされ、イエス・キリストの証人になります。

聖霊に満たされる前の彼らは、卑怯な者たちでした。イエスさまが十字架にかかって死んでしまうとそれぞれ離れてしまいましたが、聖霊が降ってからは、他國のことばで話しだすとき、人々はみな、驚き惑って、互いに「いったいこれはどうしたことか。」と言った人もいますし、ほかに「彼らは甘いぶどう酒に醉っているのだ。」と言ってあざける者たちもいたのです。

そこで、ペテロは十一人とともに立って、聲を張り上げ、彼らが十字架にかけて死なせたイエスさまが三日目に復活して、40日以上この世にいて、多くの人々に現れ、昇天し、また、再び来られることを伝えたのです。そして、自分達がみな、そのことの證人であると証ししたのです。
 
ここで、証人ということばには、殉教の意味が含まれています。すなわち、証人になることは殉教者になることです。私たちは、このことなら命も惜しまない覚悟であることを現わすのです。
 
人が死ぬ覚悟であればこれは普通のことではないです。皆さんは何をするために自分の命を賭けることができるのでしょうか。昨夜、テレビを見ると、戦後、第3回アジヤ大会のシンボルである、聖火台を作る職人さんの話を見ました。

大きな鋳物を作った経験がない職人さんたちがみな断るとき、それを受け入れた親子職人さんが聖火台作るとき、1回目は失敗して、そのショックで五日目にお父さんが亡くなってしまい、息子さん一人で作ろうとしたのですが、間に合うことができないとき、仲間の職人さんたちが助けに来て、見事に成功させます。そして、東京オリンピックの聖火台も作り、お父さんの名前を刻んで親孝行する感動的な話です。

彼は言います。もし、失敗したら死のうとしたと。人が命を賭けるほどの覚悟があることは、その人の人生において非常に重要なことです。
  
では、ぺテロが私たちはみな、そのことの證人です。すなわち、この事のためなら私たちが命をかける覚悟ができたと、見るとき、このこととは、何を現わすのでしょうか。私たちは、ぺテロの生涯を見る必要があります。

1。ぺテロの人生が変ったのは、イエスさまと出会ってからです。
ルカの福音書5:1-見ると、ガリラヤの湖で魚を取る漁師である彼は、ある日は夜を通して漁をしても一匹も取れなかったのです。ぺテロは、舟から降りて網を洗っていた時、イエスさまはプロの漁師であるぺテロに、深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。と言います。するとシモン が答えて言った。先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。

でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。と従って、その通りにすると、たくさんの魚がはいり、網は破れそうになって、別の舟にいた仲間の者たちに合圖をして、助けに來てくれるように賴んだ。彼らがやって來て、そして魚を兩方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。のです。

彼は悟ったのです。自分は今まで魚を取ることで一生涯を賭けて過ごしたが、夜を通して漁をしても一匹も取れなかったのです。でも、自分の前にいらっしゃるイエスさまは、いつでも魚を取れる力を持つ方であることをわかったのです。イエスさまに自分の心を奪われたのです。

その時、イエスはぺテロに、こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。と言ったのです。 
  
この日以後、ぺテロはイエス様は自分の人生に一番重要な方になりました。彼の人生はイエスさまを中心に変ったのです。イエス様のために捨てなければならないことを捨てました。自分の命のような船や網も捨ててイエスさまに従ったのです。 

私たちの人生もこのようになるように祈ります。すべてのものをイエス様を中心にして行くことを望みます。何をするか。どのようにするか。何故しなければならないかに対する答えをイエスさまから捜してください。

2007年度の私たちに一番大事な方はイエス様だけです。その方のため何かしてください。その方のため何かをあきらめてください。その方のために残り時間と力を使ってください。        

誰が日曜日にどこを行こうと誘ったら、こめんね、イエス様のためできないと、言ってください。 まだ、やってはいけないことを他の人もやるからと言ってやらせるとき、こめんね。私が信じるイエスさまは彼らが信じるイエスさまと違うと言ってください。
 
2。彼の人生が変る二番目の出来ことです。
イエス様がゲツセマネの園で捕まえられたのです。他の弟子たちは皆が逃げてしまいました。しかし、ぺテロは、今までイエス様を自分の人生の一番重要な方として仕えてきましたが、イエス様を捨てて逃げることは耐え難いことでした。

ぺテロはイエスさまが連れていかれたカヤバの法廷にまで行きました。そこで一番恐ろしい事が起こりました。彼はイエスさまを知らないと否認してしまうのです。三回も知らないと言い、呪ってしまうのです。その瞬間、イエス様は彼の一番重要な方ではなかったです。彼に一番重要なことは自分の安全でした。彼の頭の中は計算をします。何が自分に得であるかを。

これは、ぺテロのことだけでしょうか。私たちはいかがでしょうか。自分に得にならないとイエスさまを知らないと、イエスさまを捨ててしまうことはないでしょうか。
 
3。彼の人生が変る三番目の出来ことです。
私たちはみな、そのことの證人です。すなわち、この事のためなら私たちが命をかける覚悟ができたと言っています。彼は、これからは自分の身の安全が一番重要なことではなかったのです。
彼に一番重要なことが変わりました。ぺテロに一番重要なことはイエス様でした。
 
何故、ぺテロがこんなに変ったのでしょうか。彼は復活したイエスさまと出会ったからです。
32節を見てください.神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの證人です。
イエスさまはよみがえりました。

イエスさまはよみがえりました。テキストに記録されたぺテロの説教の主題はイエス様の復活です。このことが自分達が命を賭けることになったと言っているのです。イエスさまの復活が自分の一番大切なことであると言っています。彼の人生は完全に変りました。死も恐れないです。どこに言っても復活なさったイエスさまを伝え、自分達はそのイエスさまの証人であると証ししているのです。
 
愛する皆さん。
2007年が始まりました。この一年間の皆さんの人生をイエスさまに委ねていきましょう。

テキスト32節、神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの證人です。とぺテロが告白しているように私たちの教会もこの証人が必要です。イエス・キリストの死、復活、また、このすべてのことを成し遂げた神様の計画を伝える人です。ぺテロは私たちはみな、そのことの證人です。と宣言しています。私たちもこの日本でイエス・キリストの証人となりましょう。
동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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