2008年4月6日 信仰人の選択 創世記13:1-13
 신복규    | 2008·04·05 20:15 | HIT : 8,327 | VOTE : 538 |
私たちは神様に特別に選ばれたのです。世の初めからキリスト・イエスにあって選ばれ、神さまの子供とされたのです。
ヨハネ15:16節に、あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。と言っています。

このように私たちは神さまに選ばれ、選ばれたクリスチャンとして生きていかなければなりません。 

選択は自由です。しかし、私たちはその選択したことに対して、責任を負わなければなりません。ある意味で、自分が選択したことによって祝福を受けるときもあるし、間違った時には応分の代価を払わなければなりません。

今日のテキストを見ると、重要な選択の前に立っているアブラハムと彼のおいロトの姿を見ることができます。彼らの選択は生と死に分かれました。祝福と滅びの境になりました。二人の姿を通して、神様が喜ぶ信仰人の選択とは何かを考えてみましょう。
 
第一。ロトは世のものを選択しました。しかし、アブラハムは信仰の道を選択しました。
アブラハムは葛藤の解決のために積極的に仲裁します。先においロトに選択の機会を与えます。9.全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」常識的に見ると、 ロトがおじさんが先に選んでください。と言うのです。何故なら、おじさんのため彼は金持ちになったからです。

しかし、10ー11節を見ると、待ってました。と言えるよう、ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので、その地はツォアルのほうに至るまで、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。11それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東のほうに移動した。こうして彼らは互いに別れた。
 
ロトが選んだ土地は水が豊かで、どこもよく潤っていたのです。神様が最初に作られたエデンの園のように美しいところでした。当時に文明の花を咲かせたエジプトの地のようでありました。当時、最高の歓楽の都市ソドムだったのです。

ロトは神様を信じていましたが、相変らず世の楽しみを選択しました。彼は信仰的に生きるよりは世の快楽を楽しみながら生きることを選択しました。

今日、私たちの信仰の方はいかがでしょうか。神様を崇めると言いながら、決定的な瞬間に世のものを選択しないですか。天の御国に向かって行くと言いますが、自分の方法で、自分の計画の通りに世俗的な価値観を持って生きる時があります。
主の日、教会に出てきて礼拝を捧げます。奉仕もします。色々な宣教的な活動もします。 ところで、決定的な選択の瞬間に世の中の事を選択する時があります。

しかし、アブラハムはすべてのことを信仰の目で見たのです。ロトが良いところを選択すれば、人間的な考えは損をすることでした。しかし、アブラハムは人間的な損害よりも神様が与えてくださる約束と祝福を信じたのです。彼の選択は損をするように見えましたが、それは正しい選択でした。

聖書に登場する信仰の祖先たちは、皆が信仰の道を選択したのです。モーゼはパロの宮殿の楽さ生活より、神の民を導く指導者の道を選びました。ダニエルもバビロンの王宮で出世するよりも、神様が喜ぶ信仰の道を選択しました。結果的には、神様の守りとすばらしい祝福を受けます。

信仰の道は狭こです。人気がありません。時には、苦難の道でもあります。それでも信仰の祖先たちはみなその道を歩みました。
 
愛する皆さん。
私たちは何を選択しようが信仰の鮮明な基準を持ちましょう。職場を選択する時、配偶者を選択する時、事業を選択する時の基準は常に御言葉に基づいた信仰でなければなりません。ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていたのです。しかし、その地は、すぐ滅びてしまいます。
 
二番目。ロトは自分の欲望を選択しました。しかし、アブラハムは和平を選択しました。 ロトは個人的にアブラハムに大きな愛の借金をした人です。しかし、決定的な瞬間に自分の欲望だけ満たしたのです。

人が欲を出すとに正しい選択ができません。欲がある恩恵を忘れてしまいます。恩を忘れてしまうと感謝することもできないです。ただ、自分の利益だけを求めます。

私たちが正しい選択をするためには、欲を減らすことです。自分に与えられた神さまの恵みを覚え感謝することです。ロトが自分の欲を出すとき、アブラ厶は心を無にして譲ります。物質を得るよりも和平を求めています。

だから、8節で、アブラムはロトに「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。と言ったのです。私たちは、親類同士なのだから、争いをやめて平和で生きようと言っているのです。
 
故郷を離れてカナンに来るまで一緒に苦しみを受けました。貧しくて苦しいとき、互いに助け合いました。今は、互いが金持ちになりました。この時、私たちが戦って何の益もならないことであると思ったのがアブラハムの考えです。

私たちの生活も同じことです。貧しくて苦しい時は互いに助け励ましながら平安に生きて来ますが、ある日、お金が多く入ったり、親の遺産があるとき色々な葛藤と問題が発生します。聖書の箴言15:17節、野菜を食べて愛し合うのは、肥えた牛を食べて憎み合うのにまさる。と言っています。
 
アブラハムは紛争の解決のために既得権を諦めました。自分の利益を諦めて関係の回復を 選択したのです。

愛する皆さん。
紛争と争いがある時、解決の糸口は何でしょうか。それは関係を重要視することです。重要なことはお金や、権力、力ではなく、人との関係です。その中に神様の愛と平和があるからです。そうすると、葛藤は消え喜びと感謝があふれます。

三番目。ロトは現実を選択しました。しかしアブラハムは未来を選択しました。
目の前の現実をよく見るのも重要だが、未来を見る目が必要です。選択をする時も目の前に潤っている現実だけを見るのでなく、未来を見ながら選択しなければなりません。

ロトは目の前に見える環境だけを見て選択した代表的な人です。潤っている土地をその地を選択したのです。これによってアブラハムは未来の祝福の約束を受けました。その約束が、14ー17までです。すばらしい祝福の言葉です。

しかし、ロトはソドムの町に入って、ソドムの堕落した文化に汚染され始めました。彼らは神様を遠ざけ、食べて、飲んで、快楽を求め、罪を犯していたのです。

神様がソドムの町を滅亡させる前、天使を送ります。創世記19:13に、わたしたちはこの場所を滅ぼそうとしているからです。彼らに対する叫びが主の前で大きくなったので、主はこの町を滅ぼすために、わたしたちを遣わされたのです。」

19:24主はソドムとゴモラの上に、硫黄の火を天の主のところから降らせ、
25.これらの町町と低地全体と、その町町の住民と、その地の植物をみな滅ぼされた。
26ロトのうしろにいた彼の妻は、振り返ったので、塩の柱になってしまった。
結局、ロトが選んだソドムの町は滅ぼされてしまったのです。 
 
先週金曜日に地震がありました。この関東地方はいつか地震がくるだろうと準備しています。願わくは、大きな地震がないことを望んでおりますが、もし、あって大きな被害があれば私たちは教会に集まって互いに助け合いましょう。

教会の建物は比較的に丈夫に建てられていますが、この建物がためになったら相当の被害があると思います。皆、教会の前に集まって共に行動をし、困難を克服して行きましょう。

人生は選択です。 私たちがロトが歩んだ道を選択するか、アブラハムの道を選択するかは自分自身の選択です。目の前に潤っている地を選ばないで、神様の約束の地を選ぶ東京聖光キリスト教会員でありますよう祈ります。 
동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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