2005年9月11日 悪を善に変える神さま  創世記50:15-21
 신복규    | 2005·09·10 16:32 | HIT : 3,268 | VOTE : 399 |
悪を善に変える神さま 2005年9月11日 創世記50:15-21

私たちの人生はまるで舟に乗って航海することと同じだと言えます。小説家ビクトール・ユーゴは、人生は航海だと言ったのです。ある時は、順調に航海し、ある時には、急変してしまう場合もあるからです。

ある時には何をしても順調です。仕事もうまくいけるし、家庭も幸せであり、人間関係もうまくいって何一つ不平不満を言う必要もないのです。しかし、ある日、突然訪れる苦難に会うときもあります。仕事の問題、家庭の問題、人間関係の問題で苦しみを受けます。また、健康の問題まで苦しみを受けなければならない時もあります。すべてが終わりだと思えるのです。このような苦難の時、皆さんは何をしたら一番、ベストだと思いますか。

私たちは自分の失敗のためこのようなことが起こったら何とか耐えることが出来ます。しかし、耐えることができないのは、自分は悪い事もしなかったし、いつも忠実で、祈りもしているし、善を行なっていると思うとき苦難が訪れると耐えることができないのです。理由が分からない試練が来る時私たちはどうすべきでしょうか。

今日のテキストに出て来るヨセフを見てください。ヨセフのように悔しい苦難に合った人はいないと思います。ヨセフは兄たちによってエジプトの奴隷として売られたのです。自分の弟を奴隷として売ることよりの悪がこの世にあるのでしょうか。しかし、神さまはヨセフをエジプトの総理として立てたのです。これが神さまの善です。

私たちを救うためこの世に来られたイエスさまも人々によって罪人として十字架にかけて死なせました。私たちを救うため来られたイエスさまを死なせることよりの悪はないと思います。しかし、神さまはイエス・キリストを死んだ3日目に蘇えらせたのです。神さまは人間の悪を善に変える神さまでおられます。

1.ヨセフが受けた悪とは何ですか。
15節、ヨセフの兄弟たちが、彼らの父が死んだのを見たとき、彼らは、「ヨセフはわれわれを恨んで、われわれが彼に犯したすべての悪の仕返しをするかもしれない。」と言った。

“われわれが彼に犯したすべての悪”とは何ですか。お兄さんたちが弟ヨセフを奴隷として売ったことです。最初は彼を怨んだり、憎んだりして後には売ってしまいます。

皆さんもこのような経験をしたことはないですか。
自分は相手に何の害も与えてないのに彼らは私を敵のように対することとか、憎まれたことはないですか。自分は善を行なったつもりですが、返ってくることは苦しみばかりですね。また、誤解をされたり、詐欺に会うときもあります。

私たちの教会が移転する時にも大変なことが起きました。教会を移転しようとする時、詐欺にあって100万円を損して大きな痛みを味わいました。建物の持ち主が不法滞在をしている人と二重契約をして弱い立場にある者を押し出そうとしたのです。

結局、私たちは教会を建てるのを諦め弱い立場にある彼らに譲りました。そのため私たちは、経済的に、精神的に大きな被害を受けました。でも、今考えてみるとそれが私たちに益となったのです。神さまはこの会堂を私たちに与えてくださるためにそのような試練を与えてくださったのです。それだけではなく、多くのことを経験したのです。

私たちは敵(かたき)を討つことは神さまに委ねなければなりません。神さまの裁きが遅いと思われてもそうではないです。神さまは善と悪を必ず裁くからです。

2.どうすれば人間の悪を神さまの善に変えることが出来るのでしょうか。
神さまに対する正しい信仰がなければなりません。ヨセフが奴隷として売られてヨセフを通して行われるべき仕事がなくなったり、変更されることがないです。神さまはヨセフを通してなさろうとした仕事を手段と方法を選ばないでそれを成し遂げる方です。神さまはヨセフを通して大きな仕事をなさることを計画を立てたのです。

兄たちと両親も彼にお辞儀をすると夢で見せたのです。兄たちは自分たちよりも弟が偉くなるのを嫉妬し、怒ったのです。適当な機会に彼を殺そうとしましたが、彼を奴隷として売ってしまったのです。ヨセフを奴隷として売ったから絶対に彼にお辞儀をすることはないと思ったのでしょう。しかし、神さまは奴隷として売られたヨセフをエジプトの総理とし、大きな仕事を成就なさったのです。
私たちが神さまを信じると言っても信仰がない場合もあります。理解できることは信じますが、理解できないことは信じないのです。自分に利益になることは信じますが、損と思われるものは信じません。信仰がないことの証拠です。

信仰とは、見えるものや理解できるものだけを信じるものではないです。返って反対です。見えないものを信じ、証拠がないことを信じ、自分の考えと違う物を信じ、自分に損と思われるものでも神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、信じることです。(ローマ8:28)

私たちは嬉しい時、悲しい時、健康の時、病の時、貧しい時、富む時、有名な時、無名な時にもただ神さまだけを信頼していきましょう。

3.ヨセフは神さまだけに栄光を現しました。
今日のテキストで一番心を打たれる事はすべてのことを神さまに栄光を現すことです。18節を見ると、今まで彼らを守ってくださったお父さんヤコブが死んでから恐れて18 彼の兄弟たちも来て、彼の前にひれ伏して「私たちはあなたの奴隷です。」言った。のです。

そのような兄弟たちを見てヨセフは怒りが出たかも知れません。17歳の弟を死なせようとして、後には奴隷として売ってしまった彼らではないですか。敵を討つ良いチャンスでありましたが、19節で、ヨセフは彼らに言った。「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりでしょうか。50:20 あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。50:21 ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたや、あなたがたの子どもたちを養いましょう。」こうして彼は彼らを慰め、優しく語りかけた。

すべてが神さまがなさる恵みであると神さまに栄光を帰したのであります。

愛する皆さん!
私たちにも色々な試練が訪れます。熱心に祈り、奉仕をしても理解できない苦難が訪れても挫折しないで祈ってください。
神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、信じることです。(ローマ8:28)
동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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