2005年12月11日 "忍耐する聖徒"  ヤコブ5:7-11  
 신복규    | 2005·12·10 23:22 | HIT : 3,030 | VOTE : 513 |
"忍耐する聖徒"  ヤコブ5:7-11  2005年12月11日

韓国の人は大体気が早いと言われています。何かに追われているように急ぎます。仕事をする時も早く終ることは良いかも知れませんが、その分、失敗も多いです。

私たち信仰者も同じではないでしょうか。信仰生活の中で急ぐことは信仰の障害になります。祈ってすぐ応答がないと祈りを諦めてしまいます。

しかし、今日のテキストを見ると、どんな環境に置かれても耐え忍びなさい。と言い、私たちに4つのことを勧めています。

1.実りを待ち望んで耐え忍ぶことです。
5:7 こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。

ここで私たちが農夫から学ぶことが二つあります。①農夫は大地の収穫を期待して忍耐します。②秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍ぶことです。
①農夫の忍耐性です。収穫は一晩でできものではありません。農夫が収穫をするためには汗を流して苦労をします。農夫は米一粒のため種を蒔いて、雑草を抜いたり、水を入れたりして忍耐を持って働きます。
②農夫は忍耐もありますが、耐え忍びます。もし、目が出ないと言って種を蒔いてある土を掘る農夫がいますか。早く成長していかないからと言って農作物の幹(みき)引っ張る農夫はいないですね。農夫は最善を尽くして苦労をしますが、その結果はすべて委ねます。誰に委ねると思いますか。秋の雨や春の雨を降らしてくださる神さまに委ねます。すなわち、耐え忍ぶことです。

愛する皆さん。
私たちも急がないで、農夫のように最善を尽くして“時になると必ず実ってくださることを信じて、すべてのことを神さまに委ねることを農夫から学ばなければなりません。

聖書の中に出て来る偉大な人物たち忍耐して主が与えてくださる約束の実を期待して耐え忍んだのです。

皆さんはいかがでしょうか。今、目の前にある現実の問題、環境、試練を見てはいけません。神さまは私たちに豊かな実を与えてくださることを期待して信仰の種を蒔いてください。

2.心を強くして耐え忍ぶことです。
5:8 あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。と言っています。心を強くしなさい。とは、確信を持ちなさいの意味です。何を確信しますか。主の来られるのが近いからです。と言っています。

私たちの心の確信を持つところは主であります。主の約束のことばです。私たち人間のすべては心から出る物です。不満、貪欲、淫欲、名誉欲、憎みなども心から始まります。同時に、喜び、感謝、愛、もてなしも心から始まります。従って、私たちの幸せや、不幸も私たちが何を考えるかによって決まるのです。

箴言4:23で、力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。と言っています。どのように考えるかによって、いのちが芽生えることもできるし、死亡してしまうこともできるのです。

愛する皆さん!
いくら複雑な問題が目の前にあってもそこに心を奪われないで、目と心を主に向かい、耐え忍んでください。必ず主に出会い、問題が解決されるみ業が起こります。
3.互いにつぶやき合ってはいけないことです。
5:9 兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。さばかれないためです。私たちが信仰と望みを持って生きて行く時、注意しなければならないことは、互いにつぶやいてはいけないことです。私たちが心を見守ることのように口も見守らなければならないことです。私たちの口からつぶやかないように守ることです。何故、つぶやくと思いますか。心を主に向かないで自分の欲に向いているからです。利己主義のためです。私たちの心が主に向かっていれば、主の平安、喜び、愛、赦しの心で感謝と賛美が口から出てきます。

しかし、欲があるときは、心から利己主義が出て来て人に対してつぶやきがでてきます。

4.主の御名によって語った預言者たちを模範にすることです。
5:10 苦難と忍耐については、兄弟たち、主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい。
5:11 見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主が彼になさったことの結末を見たのです。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。

聖書から出て来る信仰の先輩たちの忍耐を見ると、ノアは神さまが命じたとおりに20年間箱舟を作りました。その間どれくらい人々が嘲笑っい、非難したのでしょうか。それを耐え忍びました。アブラハムも神さまの約束の息子が生まれるまで25年間待ちました。ヨセフも13年間奴隷と牢獄の生活を耐え忍びました。モーセは40年間、ダビデも王として油を注がれ、13年間の逃亡者の生活をしました。

特に11節に出て来るヨブは、耐え忍ぶ代表的な存在です。

ヨブ記①:1この人は潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた。
1:2 彼には七人の息子と三人の娘が生まれた。
1:3 彼は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭、それに非常に多くのしもべを持っていた。それでこの人は東の人々の中で一番の富豪であった。

しかし、彼はそれらをすべて失ってしまいます。彼が罪を犯してそのような苦しみを受ければ理解できますが、潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた人です。彼の霊的な苦しみも大きかったのです。

もし、私たちだったらどうだったのでしょうか。財産は勿論ですが、子どもたちを失ったから神様を憎んで離れてしまったかもしれません。そこで終ることなく、2:7ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。
2:8 ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。
2:9 すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」と言ったのです。
2:10 しかし、彼は「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかったと書かれています。

彼は最後まで主だけを仰ぎ見たのです。42:10 主はヨブを元どおりにし、さらに主はヨブの所有物をすべて二倍に増された。42:12 主はヨブの前の半生よりあとの半生をもっと祝福された。

終末の時代に生きている私たちは、このような信仰の先輩たちを見習わなければなりません。いのちの危機に至る時にも最後まで耐え忍んで信仰を守らなければなりません。

マラソン選手は、500メトル、100メトルを走る短距離選手のように急がないのです。決勝点まで行くため力を保ちながら忍耐し、最善を尽くして走るのです。

私たちの人生もマラソンのようです。時には、上り坂があって苦しむ時もあります。また、下り坂があって信仰生活が楽しい時もあります。

しかし、私たちは最後まで忍耐して走るべき道を走り、与えられた使命を果たさなければなりません。その過程にいろんな誘惑もあります。サタンの挑戦もあります。しかし、今日のテキストを書いたヤコブの勧めのように主の御国に入るまで最善を尽くし、耐え忍んでいきましょう。
동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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