2006年4月30日 ”主に信頼する者” 詩125:1-5
 신복규    | 2006·04·29 19:16 | HIT : 2,656 | VOTE : 461 |
主に信頼する者 詩125:1-5

人々は安定した生活をして行きたいと願っています。経済、政治、生活、教育、精神等々の安定した生活を願っています。私たちクリスチャンも家庭の安定や教会の安定も願っています。

私たちの人生の行く道に安定がどれくらい必要かは、みなさんの生活で経験するからよく分かると思います。人は生まれる瞬間から生存と安定に脅威を受け始めます。そして、養育と保護を受けることができなければ、生きていくことができないです。幼い子どもは親や多くの人々と社会組職の助けと保護を受けて生きて行きます。

しかし、このような助けと保護が完全な安定を保障してくれることはできないです。このころ保護されるべき幼い子どもたちが大人によって殺される事件が多発しています。

そして、人々は幸せと生存の保障を受けることができる完全な安定を切に求めていますが、人間によるどんな努力と方法もこのような欲求を満たすことができないです。

このような人生に、聖書は喜びの知らせを提供しています。今日のテキストがその中の一つであります。

1.        主に信頼する者はゆるぐことないと言っています。
1節" 主に信賴する人々はシオンの山のようだ。ゆるぐことなく、とこしえにながらえる。この詩は宮に上りながら歌う歌です。詩人は、神様の前に礼拜を捧げるため神さまの宮があるエルサレムに上る時、すべてのものが変わって搖がれても変わらないものを見つけました。それはエルサレムの宮を囲んでいるシオンの山だったのです。

人も変わり、愛も変わり、苦しみにも合い、信じたものも変わって...多くの模様の変化を経験したのであります。しかし、エルサレムの宮を囲んでいるシオン山のは、搖がないで昔も今も少しも変わっていないことを見つけたのです。

10年も経つと川と山が変わるということわざがあります。20年、30年も経っても富士山は少しもゆるぐことなく、その場所にぐんと立っています。
主に信頼する者もそうです。シオンの山がゆるぐことなくその場所にあるように、 主に信頼する者は世の中がどんなに変わっても揺るがないです。

主に信頼する者はどんな人ですか。神様を信じて神様に頼る人です。神様を自分の人生の主人で信じて、その主人に自分の人生全体を任せて全面的に頼る人です。宇宙万物を創った創造主、すべてのものの主権者なる神さまに自分の人生全体を任せるのです。

ある人は、神様を信じますが、全面的に頼らないです。部分的に必要な時だけ頼ります。普段には頼らなく、問題が生じる時にだけ神様に頼ります。しかし、そうするうちに問題が解決されて苦しみが終わると、頼ることをやめます。必要な時だけ頼って、部分的だけで頼ります。

本当に情けない人ですが、しかし、皆さん。私たちはいかがですか。

病気が治っただけ神様に頼って、経済的な難しさが解決されただけ神様を頼る信仰生活ではないですか。皆さん。全面的に頼るということは、100%を神様に頼ることです。10%や50%、90%を頼ってもそれを全面的に信頼することだと言えないです。100%全部を神様に頼ると全面的な信頼だと言えます。

そうです。詩人は何回も倒れそうな危機に合いました。しかし、神様に信頼する時にシオンの山が揺がなかったように自分も永遠に揺るがないだろうと言っています。これが信仰です。愛する皆さん。! 主に信頼する者はゆるぐことないのです。

2.では、 主に信頼する者がどうして搖るがないですか。
皆さん。大きくて荘厳な山を見れば、どんな感じがしますか。大きくて荘厳な山を見れば、安定感があるな思ったことはないでしょうか。遠くから山を眺めれば安定感があってそこに立っているようにみえます。

2節で、"山々がエルサレムを取り圍むように、主は御民を今よりとこしえまでも圍まれる。

エルサレムは山の上に建てられた都市です。天然的な要塞です。ローマがイスラエルを攻略する時、難攻不落の城のようなエルサレムを征腹するのは易しくなかったのです。
神様が自分の愛する民たちを山がエルサレムを取り圍むように、主は御民を今よりとこしえまでも圍まれるから揺るがないです。

しかし、神様が山を取り圍むように、主は御民を今よりとこしえまでも圍まれる以上、苦難や試練はあるかも知れないが、人生そのものが搖るぐことはないと信じます。

今日の多くの人々が生を生きて行く時、家に垣根を丈夫に作って泥棒たちが入って来ないようにします。垣根に割れたガラスなどを埋めたり、このごろには最尖端で保安装備を取り揃えて監視カメラもつけたりします。しかし、安全ではないことは私たちが良く知っています。

今日、私たちにも目に見えないサタンの仕業が私たちを倒そうとしています。しかし、神様がの力の取り囲むと、どんな泥棒やサタンも私たちを揺るがすことはできません。

予言者ゼカリヤは神さまの幻を見ます。城を建てるとき、敵の攻撃から守るため城壁を作るのが当たり前です。ところが、ゼカリヤが見た幻にはエルサレムには城壁がなかったです。それが分からなくて疑問を持っている時、神様がゼカリヤにおっしゃいます。そして彼に言った。走って行って、あの若者にこう告げなさい。エルサレムは、その中の多くの人と家畜のため、城壁のない町とされよう。しかし、わたしが、それを取り卷く火の城壁となる。わたしがその中の榮光となる。(ゼカリヤ2:4-5)

何の意味ですか。いくら良い材料を持って高い城壁を作っても神様が城壁になってくださらなければ、人間が頼よるすべてのものは崩れてしまうことを表わしています。

愛する皆さん!私たちが危機に合う度に、安全に守られることは、神様が見えない城壁で私たちを取り囲んで守ってくださるからです。神さまはとこしえまでに私たちを取り囲んでくださる方であることを信じていきましょう。

3.それでは、神様に信頼して神様の全能なる力で保護を受ける私たちにどんな結果があるのでしょうか。

3節で、惡の杖が正しい者の地所の上にとどまることなく、正しい者が不正なことに、手を伸ばさないためである。

みなさんも感じたことがあると思いますが、善人より悪人が栄えているように見えます。法を守る者よりも、法を守らない者がもっと栄えていて、神様を信じない人が神様を信じる人より栄えていると思ったことはないでしょうか。それは、サタンの戦略です。私たちの信仰を奪おうとします。

だから悪を行って不意を行う者が栄えているように見せるのがサタンの戦略です。

しかし、神様に信頼する者は、決して搖がることがないです。この前、老会に行って老会の会計である長老さんと一緒に二泊しました。その方の証を聞いて恵みを受けました。教会を建てる時、三人の長老がいましたたが、二人は教会を建てることを反対して、負担になると言ってこっそりと他の所に引っ越しをしてしまったそうです。ところで、姜長老は 35年間、公務員として働き、退職する時、約2億ウォンの退職金をもらったそうです。長老の奥さんである勧士が建築献金をしようと全額を教会を建てる献金としたそうです。

ところで、問題は教会を建てることを反対した長老たちは、自分たちだけではなく、子どもたちも多くの問題を起こして模範になることができない彼らの姿を見たそうです。しかし、自分は自分自身だけでなく、子どもたちにまでも神様が祝福してくださったと証をしました。神さまは、正しい者が不正なことに、手を伸ばさないためであります。

詩篇121:5-8
主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手。をおお陰¿も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。主は、あなたを、行くにも歸るにも、今よりとこしえまでも守られる。

皆さん。
神様に信頼する人は搖がないです。神様が山を囲むように自分の子どもを囲むからです。私たちの望みは神様にあることを信じて神さまだけに信頼する信仰者として生きていきましょう。
동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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