2006年5月7日 “純粋な乳を慕い求めなさい” Ⅰペテロ 2:1-3
 신복규    | 2006·05·06 20:42 | HIT : 4,286 | VOTE : 467 |
2006年5月7日 “純粋な乳を慕い求めなさい” Ⅰペテロ 2:1-3

子供達がいる家なら子供達の成長していくのを見る楽しさがあります。子供達が一日一日成長して行く姿を見て喜びます。反対に病気にかかったとか、成長して行かない子供がいる時、親は人に言えないつらさを経験します。親には、子どもたちが元気で成長するより重要な事はないと思います。

私たちに対する神様の御心も同じではないでしょうか。神様も私たちが霊的に成長するのを願って、私たちが成長していくのを喜びます。多くのクリスチャンは、霊的な成長に対して軽く思ってしまう傾向があります。私は救れたからどのように生きていても天国には行けるんだと思ってしまいます。

しかし、霊的な成長は、本当に重要な問題です。子供が成長しなければ、成長がそのまま止まっているのではなく、病気になっているのです。霊的な子どもである私たちも同じです。成長することができないまま時間が経ってしまうと、救いの喜びもなく、力もなく、実もない形式的な信仰で固着してしまうのです。

このように成長が止まっている、成長しようとする意志を持たないクリスチャンたちをごらんになる時、神様の心はどれくらい切ないものだと思いますか。霊的な成長は選択の問題ではなく、救われた人なら霊的な成長のために最善をつくさなければなりません。

今日は子供の主日です。可愛らしい私たちの子供達が正しく成長をしなければなりません。彼らだけではなく、私たち皆も霊的な成長をしなければなりません。

1.すべての悪意を捨てなさいと言います。
子供がよく成長していくためには、バランスの取れた栄養ある物を食べなければなりません。ところで、体に良いご飯や食べ物を食べない子供達がいます。そんな子供達は他のものを好んで食べます。例えば、アイスクリームやキャンディーのような体に有害なものなどが好きです。そんな物を好んで食べるからご飯をよく食べないのです。そんな子供達には、ご飯をよく食べさせようと労力するより先にそれらを食べさせないことです。

霊的に生きていく私たちも同じです。捨てなければならないものがあります。

1) すべてのごまかしです。今日、私たちが住んでいる世の中は一言でごまかしの世界です。ごまかしが多くて、にせ物が多く、純正とか、本物とか、秋葉原とか、電気用品の売り場にいくと、メイド・イン・ジャパンと大きく書いてあります。

知識人の社会では他人の論文や研究実績を写す事がたびたび起こります。お金で学位を買う事もあります。政治家たちは選挙で勝つためにあらゆる誹謗を言います。
これらのすべての事がごまかしです。私たちはクリスチャンです。クリスチャンという言葉は、キリストを似ているということばです。それは、私たちの言ったものではなく、アンデオケ教会の人たちつけたのです。周辺の信じなかった人々が彼らに向けて呼んだ呼方です。Ⅰペテロ2:22に、キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の僞りも見いだされませんでした。と言っています。ごまかしとは、ここでの偽りと同じ意味です。イエスさまはごまかしがない方であることを表わしています。私たちは、ごまかしがない方の流した血によって贖われ、救いを得たのです。だからその方に似ていることを一生の願いと思い、何より先にごまかしを捨てなければなりません。
2) いろいろな僞善を捨てなければなりません。
偽善とは、言葉と行いが違うことを言います。ペテロがこの手紙を書きながら、パリサイ人たちの偽善を思い出したかも知れません。彼らは人の前で大きな声を上げて祈るのが大好きでした。
何故、偽善が問題になるのでしょうか。これは人の前では、自分をアッピルし、神さまのご臨在を否定する行為だからです。神さまがいらっしゃると告白しながら、自分の生活では不信仰の人と同じく生きるからです。教会ではクリスチャンのように見えても、生活の場に出るとクリスチャンであるか、ノンクリスチャンであるか分からない生活をします。


3)ねたみは言うまでもないことです。捨てなければなりません。

4)誹謗が何ですか。他人をことをかげから悪口を言うことです。これも捨てなければなりません。

ある人はこう言うかもしれません。"捨てなければならないということが分からない人がどこにありますか。捨てたくてもうまくいかないです。しかし、皆さん、これは神様の命令です。言いわけをせずに順従しなければなりません。

2.だから私たちはみことばを慕い求めなければなりません。
2節に、生まれたばかりの乳飮み子のように、純粹な、みことばの乳を慕い求めなさい。と言っています。生まれたばかりの子どもを見るとすぐお母さんの乳を飲みます。誰かが乳を吸う方法を教えてなくても本能的にすいます。本当にすばらしいことです。

お腹がすくと、乳を飲ませるよう泣きます。他のものはいりません。お母さんの事情も考えないで泣きます。いくら良いものをあげても無駄です。教会学校の子どもたちを見ると、ゲーム機とか、カードをたくさん持って自慢していました。それらがいくら高くて良い物であっても赤ちゃんにはいりません。
ただ、お母さんの乳を慕い求めるのです。

しかし、赤ちゃんが乳を慕い求めない、飲まないことは心配ことです。問題があります。

私たちクリスチャンも赤ちゃんのようにみことばを慕い求めなければ私たちにも問題があります。私たちは、乳飮み子を見ながら、神さまの御心を悟らなければなりません。

クリスチャンが霊的に成長して行くためには、神さまのみことばなしにはできません。私たちが日々神様のみことばである聖書を読み、祈り、研究する事外には他の方法がないです。信仰生活をいくら長くしてもみことばを知らないといつもそこに留まっています。
しかし、信仰歴が短くても、聖書を読み、勉強する人はすくすく成長していくのが見えます。

説教の時間にハバクク2章1節からと言ってもハバククが新約か旧約か分からなくて慌てる方を見ます。

愛する皆さん!
私たちが霊的に成長することができる秘訣は何でしょうか。 純粹な、みことばの乳を慕い求めることです。みことばしかありません。今、皆さんの信仰歴はどれくらいですか。10年、20年、30年であると言うかもしれません。

では、10年、20年に当たる私の霊的な成長が成り立っているのか一度考えて見てください。

時々、人々は自分が長い間、信仰生活をしたと言い、"自分自身が健康な信仰の持ち主"と勘違いする時があります。しかし、長い間、信仰生活をしても病んだ人はいくらでもいます。私たちがみことばを強調していますが、実際に信仰生活をしながら、みことばを慕い求めているかと聞くと、必ずしもそうではないようです。

人々の中には忙しいと食事することを欠かしてラーメンやパンなど簡単なインスタント食品で食事を済まして働く人々がいます。それが続くと健康を失います。私たちも純粋なみことばを慕い求めないで、一週間に礼拜1回だけ捧げている方もいます。みことばを慕い求めることを願います。
동경성광교회 신복규선교사입니다.
일본 영혼을 사랑하며,저들을 하나님나라로 인도하고저
이 땅에 온 사람입니다.
하나님께 바르게 쓰임받기를 소원합니다.
     
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